月の記録 第49話


まばゆい光が突如視界を覆った。
何が起きているかはわからない。目がくらみ、チカチカするが、それでも状況を把握しようと視線を巡らせると、モニターはノイズが入った後、ぷつりと画面が暗転し映像を遮断した。 次の瞬間、モニターだけではなく、照明も点滅し、機体が大きく揺れた。
その衝撃は、ミサイルを撃ち込まれたものとは違い、重力とは別の力が機体を引きずり込もうとしているような、奇妙な揺れで、室内は悲鳴で満たされ、皆パニックに陥っていた。
オデュッセウスは反射的にナナリーを庇うように抱きしめ、辺りを伺う。墜落したらすべて終わると頭ではわかっていても、少しでも守れるならと体が動いたのだ。ルルーシュもと思うのだが、ルルーシュが座っているのはナナリーの反対側だ。手を伸ばしても届かないし、呼びかけても、ルルーシュはこの揺れにも関心を示さないのか、つまらなそうな顔をして、正面を見つめていた。
豪胆と言うべきか、恐怖を感じていないと言うべきか。
いや、これは何かが違う。
だって、よくみてみろ、弟の口元が弧を描いている。
楽しんでいるのだ、この状況を。
寒気がした。鳥肌が立ち、息をするのも忘れた。弟の美しい横顔が恐ろしいものに見え、伸ばしたてを引き、ナナリーを守ることに専念した。
やがて揺れが収まり、映像が回復する。
先ほどと同じく、この戦艦周辺を移している映像。
だが、先ほどとは全く違う映像だった。

「・・・こ、これは・・・」

あり得ない映像に、何度か目を瞬かせるが、見間違いなどではなかった。

「オデュッセウスお兄様。2時の方向にあった部隊が・・・消滅しています」

オデュッセウスのかすれた声に対し、その腕の中に守られていたナナリーは、冷静に答えた。そう、先ほどまで隙間なく展開されていた包囲網が映されていたのに、2時の方角にぽっかりと穴が開いたように青空が映し出されていたのだ。KMFも戦闘機もそこにはなく、まるで円を描いたような何も無い空間がそこにあった。

「し、消滅だって?一体何があったというんだ」

大きな揺れはあったが、爆音は聞いていない。
撃ち落とされたにしては、何かがおかしい。
その声に答えるかのように、モニターは別の映像を映し出した。
今現在の映像ではなく、それはおそらく録画された記録だろう。
なぜなら、そこにはまだ2時の方向に部隊が残っていているから。先ほどはモニターが電磁波の影響でエラーを起こしたが、記録自体には何も問題はなかったのだろう。それを再生しているのだ。やがて先ほども見た光が画面を覆う。光は2時の方向にあった部隊の中心部から発生し、最初は小さな球体だったが、次第に光は膨れ上がり、KMFを、戦艦を、戦闘機を呑みこんでいった。その直後、中心に向かい、強力な引力が発生し、機体が大きく揺れた。それはほんの一瞬の出来事で、その光の境界線にあった機体だったものの破片が、ばらばらと海へと降りそそぐのが僅かに見えた。
そして、さきほど見た光景が出来上がる。
2時の方向、もうそこには何も無かった。
消えたのだ。
あの光に飲み込まれ、あれだけの物質が消滅したのだ。
飲み込まれたものは残骸も何も残さず消失したのだ。
あり得ない事だった。
だが、消滅した事実は変わらず、室内は声も無く静まり返っていた。

「フレイヤ」

静まり返ったその場所に、凛とした声音が響き渡った。

「これが、聖なる浄化の光、フレイヤの力ですよ、兄上」

その声の主は、オデュッセウスのすぐ傍にいた。

「ル、ルルーシュ・・・?あれが何か知っているのかね!?」

今まで聞いたことも無いような、冷たい弟の声に、オデュッセウスの声が震えた。
これは、恐怖。
目の前にいる美しい顔をした弟に、10歳以上年の離れた弟に、今まで感じたことも無い恐怖を感じていた。
無意識に、ナナリーを抱く腕に力が入る。
ルルーシュは、静かにその顔をオデュッセウスへと向けた。
先ほどまで何もかもがつまらないというような顔をしていた弟は、恐ろしいほど美しい笑みを浮かべ、楽しげに言った。

「ええ、よく知っています。私が産み出した兵器ですから」

楽しげに弧を描く唇、細められた瞳、そして声。
ルルーシュはとても美しい青年だが、今までの弟は全く別の、恐ろしいほどの妖艶さを秘めた何かがそこにいた。音も無くゆらりと立ち上る姿から、誰も目が離せない。

「な、何を言っているんだい、ルルーシュ?」

意味が解らないと、オデュッセウスは呻いたが、そんな長兄をルルーシュはゴミを見るような目で見降ろした後、ゆっくりとした足取りでモニターの方へと足を進めた。

「ルルーシュ!」

オデュッセウスが叫ぶと、傍にいたテロリストは、それ以上騒ぐなと銃口を向けてきた。勝手に動き回るルルーシュではなく、それを止めようとしたオデュッセウスに。会場内はざわめいた。まさか、と思いはするが、これだけの情報を与えられ気付かない者などいない。ゆっくりと歩いたルルーシュは、モニターの前に置かれていた席・・・オデュッセウス達と向かい合う形となる席に座ると、優雅に足を組んだ。

「あの光の名はフレイヤ。全ての物質を分解し、焼失させる断罪の光。防ぐ方法は、残念ながら存在しない」

今まで聞いた事が無いほど威厳にみちた声。
自信に充ち溢れた王者の笑みを浮かべながら、ルルーシュは続けた。

「さて、もうお分かり頂けたとは思うが、ブリタニアの植民エリアを、そして貴方たちを捕えたテロリスト。その首謀者はこの私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」

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